粕壁中学校と県北勢の野望【埼玉三國志⑦】
当初より私は、熊谷・浦和・川越、3ヵ所への中学校設置案を推していたが、県の提案は1校であり、県の財政からいってもこれを3校に改めさせるのは困難である考え2校案に賛成した。しかし県内の入学志望者の全てを熊谷と浦和の2校に収容することなど出来るであろうか。私は昨年の県会で改めて川越と粕壁への設置を提案し、そしてその提案は、ここにいる県議の皆さまの満場一致を持って決議されたはずであるのに、それを今更
廃棄するとはどういうことか!

どもこんにちは! ゴケゴーちゃんでっす
早速ですが今回は「第65話 浦和民には手を出すな! 後編」で取り上げた
旧制浦和高校、及び熊谷高校の
設置をめぐる争いの前哨戦である「中学校設置」についての問題から、あれよあれよと県庁所在地争奪戦へと繋がっていく、私も第65話を書いた時はまったく知らなかったエピソードをお送りさせていただきます。
特に川越高校・春日部高校の在校生・卒業生の皆さま。皆さまが今日も立派に学業、そしてお仕事に励むことが出来ているのは、明治30年のこのわちゃわちゃがあったから
授業で教わっているかもしれませんが、まさか県庁所在地には触れてないやろ思いますので、どうぞ! 最後までお付き合い下さいませっ

すったもんだの末、浦和と熊谷、2校の設置は決定しましたが、県全域にわたる教育の普及は二校だけでは到底足りるものではありませんでした。しかし頻繁に見舞われる水害により県の財政は甚だ困難。3校目4校目などとんでもないという意見もまだまだ多くありました。
浦和熊谷の開校もまだであり学校がどれほどの実績をあげるかも分からない。2校の増設は無謀である!
治水、堤防、道路等のために多大の支出を要し、しかもこれらの事業はようやくそのスタートラインに立ったばかりだ。教育機関の増設は県民の意思に反し、そして時期尚早である!
来年2月に県議員の選挙がある。所詮は選挙区に対するお土産案なのであろう

選挙に当選するためにやってんだろうと言うことですね。粕谷がこのような容赦のない侮辱を浴びせかけられた背景には「党派」の争いがありました。前回までは
元熊谷県の県北派
旧埼玉県の県南派
という色分けでしたが、これが
改進党と自由党
党派に分かれていくんですね。加藤政之助は改進党。主に県北議員、粕谷の入間郡は自由党。選挙ともなれば有権者を奪い合い乱暴のかぎりを尽くしたとのことですから、議会での暴言など何でもない時代だったのかもしれませんね。


よろしいでしょうか、議長!
はい秩父の伊古田議員、発言をどうぞ!
私は川越中学校設置にはもとより賛成でありますが
粕壁の如き僻地に学校を設置する必要を感じません
仮に学校を設置しても入学を希望する生徒などいないのではないでしょうか!

暴言など何でもないという話をしたばかりですが、これはちょっとひどいですよねwww 極論にも程がありますよねwww
でもまあ秩父鉄道の開通はまだまだ先のことですから、きっと伊古田議員、春日部には行ったことがなかったのだと思います。ということにして春日部の皆様、どうぞ聞き流してやって下さいませwww
それはともかく秩父の意見に賛成するものが多いと見たのか、この時の議長 星野平兵衛は、あ、星野さんは前回の冒頭に登場したこの人ですね

それでは川越中学校設置案のみを議題とし粕壁中学校に関するものは後回しとする!
秩父の意見をあっさりと採用!
議会を怒号の飛び交う喧騒の坩堝にしてしまうのでしたwww

本案の川越・粕壁両中学校の設置は一つの議案であり、これを分離し別個に扱うのは不法である!!
この時のことを蓮田市の資料は
(星野め)何を血迷うてか
と書き残しましたが、それはごもっともな話で、一つの議案を分離して扱う行為は県会議事規則にも反する違反行為に当たるものでした、が!
よろしいでしょうか、議長
北足立の榎本議員、発言をどうぞ
本案中第二項、粕壁中学校の設置を削除すべし!
修正動議、つまり規則に反するなら正式に議案の内容を修正してしまえば良いということですね
この提案に蓮田の飯野議員が憤然とした表情で立ち上がりました。

本案はすでに決議事項である。県会の決議とはすなわち百万県民の総意の表現ではないか。しかも本案決議時の議員は大部分この席に椅子を連ねている。然るに何のための反対ぞ。先にはこれを是とし今また掌を返すが如く反対するはあたかも天を仰いで唾をするに等しい。埼玉東部は向学心の旺盛な地域。議員の皆さまには私心を滅し公に奉じ、県民のために何をすべきかを考えていただきたい!
飯野は顔を真っ赤にし、時折涙声になりながら以上の熱弁を振るったそうです。
この飯野の答弁に多くの議員が心を揺さぶられたのでしょう。各議員より立場を超えた議論が噴出、議会は粕壁中学校設置案を削除するか否かの採決を迫られることになりました
ところが採決の結果は全くの同数
この場合は議長の判断に委ねるという決まりがあるんですね

粕壁中学校設置は否決され、川越中学校設置のみが次へ移されることになりました。
飯野はこの日の県会が散会した後、あまりの悔しさにしばらくは控室に籠もり涙に暮れていましたが、意中決するところがあったらしく、やがて足早にその日の宿へと去っていきました。

昨日の件だが納得できない。もう一度、粕壁町に県立第四中学校設立の建議案を提出する
却下する!
採決だけでも!
却下する!

採決だけ!
ふん! それでは粕壁中学校設置案の「復活」に賛成の者、挙手


〜昨日の晩の出来事〜
県北の皆さん、ちょっとよろしいでしょうか
おお飯野くん、ちょうど君の話をしていたところだ、今日は見事な答弁だった。わしゃ胸が熱くなったぞ
そのことなのですが、私たち南埼玉郡・北葛飾郡選出の議員にとって、粕壁中学校の設置はいかなる犠牲を払ってでも県会を通過させなければならない議案です

単刀直入に言います
粕壁中学校設置案を推してはいただけないでしょうか。県北の皆さんのチカラで粕壁中学校設置案を通過させていただきたい

その直後でした
議長! 緊急の動議があります!
緊急!? 何だろうか、児玉の持田くんどうぞ
県庁が県最南端の浦和にあるのは百万県民の不便不幸!
県庁は熊谷に

これを見るや星野議長は満面朱を注ぎ議長席に突立て上りて(原文ママ)
議事進行についての提議だと思ったが故に発言を許したのだ! それなのに県庁とは…
全く緊急ではないではないか!

これを聞いた県北派の議員は一斉に立ち上がり卓をバンバンと叩きwww
怒号罵声喧々囂々(原文ママ)
議会はまったく収集し難き混乱に陥ったため、星野議長以下北足立郡の選出議員は
椅子を蹴って全員退場(原文ママ)
しかしこれは県北派の策略でしたwww

うむ。
それでは先ず、県庁の熊谷への移転について反対の者、挙手をお願いする
次に賛成の者、挙手を
反対9、賛成21…よって

ところで南埼玉郡・北葛飾郡の皆さんは県庁は浦和にあるべしとお考えの方たちでしたな。いやこれは仕方がない。皆さんにとって県庁は浦和にあったほうが利便性がありますからな
しかし我々は県庁奪還を諦めてはいない
もしこの提言に君たち南埼玉郡・北葛飾郡選出の議員が「賛成」をしてくれるのなら、粕壁中学校設置案を復活させ、県会を通過させようではないか

根岸副議長!
たとえ一方にいかなる重要な問題があるとしてもその通過のために他の問題を利用しようとするのは他力本願の計略として極力排撃しなければならない! すなわちこの決議はっ

どうでしょう副議長。県庁移転についての建議書はもう出来ておりますので、このまま上京し内務省に提出してしまってはwww
そうだな、こういうのは早いほうがいいなwww
星野議長の慌てる姿はそれは見るも無惨なものだったようで、かねてより星野のワンマンな議長っぷりに憤慨していた自由党の議員たちは
手を打って笑ったことであろうし(原文ママ)
何度となく苦汁を舐めさせられてきた若き飯野喜四郎も
密かにほくそ笑み大いに溜飲を下したことであろう(原文ママ)

そしてそれは県北勢も同じだったでしょう
少ない資料を見るかぎり、県北勢の計画はほぼ完璧に遂行されました。憎き浦和のうろたえる姿も、彼らにはこの上なく痛快だったと思いますwww
しかしこれが、熊谷から繰り出す最後の攻撃となりました
この後この国は大きな戦争へと突き進み、そして敗戦します
熊谷を中心とした県北の経済力を支えていたのは、主に「養蚕」と渋沢さんちが営んでいた「藍染」でしたが、戦後、海外より安価な化学繊維・化学染料の輸入量が増大したことで、その勢いは次第に奪われていきました
東京を中心に人口、そして企業の設立が集中したことも県北にとっては痛手でした
東京への通勤圏から外れた県北は、こんなことを言っては怒られてしまうかもしれませんが「田舎化」が加速します
ちなみに県内2位を誇っていた熊谷の人口は、2022年現在
①川口市
②川越市
③所沢市
④越谷市
⑤草加市
⑥春日部市
⑦上尾市
に次ぐ第8位です(さいたま市除く)
春日部を過疎地と言った秩父は45位ですwww
人口、その他もろもろの比重が、さいたま市や川口市などの県南地域に集中していくんですね
そういった視点で見ても、県北勢、最後のスパーク!
県庁の熊谷移転を願う建議書が内務省にどう受け取られたのか、とても気になりますよね
ええ
内務省は全く相手にしなかったそうです(ほぼ原文ママ)

